小倉文学散歩道

文学館の近くにはゆかりの文学スポットがたくさんあります。
言葉のいとなみに想いをはせながら、小倉のまちを散策してみませんか?

小倉文学散歩道地図

仰木実の碑

風おちてゆふくもなひく街の空
しつかに城はそひえたちたり

小倉城を詠んだ歌である。昭和41年、八坂神社境内に、群炎短歌会同人により建立された。碑文は仰木実の自筆である。

仰木 実 作品集

丸橋静子の碑

月仰ぐ一途に生きし来し方よ

この句碑は、丸橋静子が急逝した昭和40年6月の直前の3月に、小倉玉藻俳句会が八坂陣神社境内に建立したもの。小倉南区の大興善寺には「梅さむし人散らばりて又よりて」の句碑がある。

森鴎外の碑

夕 常盤橋上所見
   稲妻を遮る雲のいろの濃き
夜 雷雨

六角形の石碑には「小倉日記」の他に「鶏」「二人の友」など鴎外の作品から抜粋が彫られている。鴎外の生誕100年を記念して昭和37年に建立。設計は谷口吉郎。当時の鴎外の住まいは現・京町2丁目で、そこから城内にある師団司令部へは、常盤橋を渡って通った。

森鴎外 作品集

北九州市立松本清張記念館

巨人・松本清張の全貌を知ることができます。特に、実際の仕事場を再現展示した書斎、書庫、応接室は大迫力です。

詳しくはこちらから
http://www.kid.ne.jp/seicho/html/

松本清張 作品集

横山白虹の碑

霧青し双手を人に差し伸ばす

横山白虹の13回忌を記念して、俳誌「自鳴鐘」同人や北九州文化連盟関係者により、平成7年に建立された。白虹は北九州市誕生の折に、北九州文化連盟を創設し、20年間会長を務めた。

横山白虹 作品集

劉寒吉の碑

吹くは風ばかり

劉寒吉の没後3周年を迎え、北九州の文化の向上と発展に尽くした功績を称え、地元有志により建てられた。碑文は、昭和30年頃火野葦平らとの会食の際に、劉が執筆したものからとったといわれる。平成2年建立。

劉寒吉 作品集

万葉の庭

万葉のいにしえ、門司から小倉、戸畑の海辺は美しい白浜だったそうです。「とよくにの企救の長浜行きくらし日の暮れゆけば妹をしぞ思ふ」など、この景色を詠んだ万葉集の歌六首を巨大な歌碑で紹介しています。

広告塔

現在の掲示板のようなもので、さまざまな広告やチラシを張り付けました。森鴎外は小倉三部作の一つ「独身」でこの広告塔を、東京に輸入されないうちに、西洋から小倉へ輸入された「二つの風俗の一つ」として紹介し、「えらい」と感心しています。もう一つの風俗は「伝便[でんびん]」で、メッセンジャーや簡易な宅配などを請け負った職業のことです。

森鴎外京町住居跡碑

森鴎外が小倉で2度目に住んだ家を記念して昭和52年に建立された。鴎外が最初に住んだ鍛冶町の家は森鴎外旧居として保存されているが、「独身」の舞台になったこの住居は同33年小倉駅の移設に伴い撤去された。

森鴎外 作品集

鴎外通り

森鴎外の碑から紫川の上にかかるのが、鴎外橋。鴎外通りは鴎外橋と森鴎外旧居を結んだ線上にあります。鴎外が実際の通勤で使ったのは 広告塔がある常盤橋だったそうです。

森鴎外 作品集

森鴎外旧居

陸軍第十二師団軍医部長として赴任した森鴎外が1899(明治32)年6月から1年半ほど住んだ住居です。小倉三部作の一つである小説「鶏」の舞台にもなりました。庭の夾竹桃と百日紅は当時からのものだそうです。1974年、北九州市文化財に指定されました。

■ご利用案内
料金 入館無料
開館時間 10:00~16:30
休館日 月曜、祝日、年末年始
(月曜日が祝日の場合は翌日も)
お問合わせ 093-531-1604

森鴎外 作品集

杉田久女の碑

花衣ぬぐやまつはる紐いろいろ

久女の業績を顕彰したいという地元の有志により、昭和59年に建立された。この句は、大正8年に「ホトトギス」に掲載され、久女の俳壇での地位を決定づけた。

杉田久女 作品集

岩下俊作の碑

岩下俊作の「富島松五郎伝」は後に「無法松の一生」として映画化され話題作となった。碑の下には昭和33年ベネチア映画祭でグランプリを受賞した稲垣浩監督の「無法松の一生」の台本が埋められている。碑の題字は岩下俊作。

岩下俊作 作品集

北九州市立文学館

北九州ゆかりの文学者の直筆原稿や手紙等の資料を収集・保存・展示しています。

北九州市立文学館 ご案内

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