常設展示室

短編集「落ちる」

「推理小説の中心はナゾですが、(略)一番面白いのは人間の心のナゾです」

多岐川恭は一九二〇(大正九)年、旧八幡市に生まれた。本名・松尾舜吉。旧制八幡中(現・八幡高)卒業後、東京帝国大経済学部に進み、召集で繰り上げ卒業。戦後、東京と門司で銀行に勤めた後、毎日新聞西部本社に入社。仕事の傍ら、白家(しらが)太郎の筆名で推理小説の発表を始める。

五八(昭和三十三)年、単行本「氷柱」発行を機に改名。同年、「濡れた心」で第四回江戸川乱歩賞、短編集「落ちる」で第四十回直木賞を受賞した。直後、「東京のほうが自分にぴったりしているように思」い、再び上京する。

短編「落ちる」は、神経衰弱に悩む「おれ」と、妻、妻の知人である主治医の三角関係を描いた。松本清張の「社会派推理小説」に沸いた昭和三十年代。「社会的視野に立った、いわゆる社会派の小説は、得手ではない」としながらも、「社会がどんなに変わろうとも、変わらない人間というものがある。(略)そういう人間というものの不思議な面というか、なにをやるかわからないみたいな存在を描きたい」と執筆に邁進した。

妻が自分に殺意を持っていると疑い、その眼前で自殺を演じて妻の反応を探る男(『落ちる』)、丁重な口調で上司を追いつめる銀行員(『ある脅迫』)・・・極限状態に追いやられた弱者が反撃に転じる様をしばしば描いた。

「私自身もそうなのでしょう」。社会になじめぬ人間像。銀行や新聞社に勤めながらも、思うようにいかなかった自身の投影もあったのか。

人間への強い興味はやがて、SF、ハードボイルドなど多様な作品群へと向かう。多作で知られ、特に時代小説では高い評価を得た。一方、カルチャーセンターで後進の指導にも力を注ぎ、直木賞作家の篠田節子や宮部みゆきらが出た。

様々なジャンルで作品を残したが、「書く上での私の故郷はミステリーであ」ると語っていた。九州を舞台にした推理小説「レトロ館の殺人」の連載を終えた直後、九四(平成六)年大晦日(みそか)に死去。「人間はある時期がくると故郷に帰りたくなるものだそうだ」―九州と推理小説、それぞれに帰郷を果たす遺作となった。

 

(元学芸員・宮地里果)

※2008.04.26「西日本新聞」北九州京築版に掲載

ページトップへ