学芸員だより

2014年03月19日

夢野文代「幸せの日」

男同士の絆を重んじる共同体を「ホモソーシャル」というが、「第二期九州文学」にも、そうした印象がないだろうか。九州の有力同人誌が、大同団結した「第二期九州文学」は、火野葦平という存在もあり、「貴様と俺(おれ)」といったイメージをかもしている。

が、ホモソーシャルは、大事な絆を危うくする女性の存在を(無意識に)嫌悪するのだという。とすれば、同誌が創刊当初から、仲間として女性作家を受け入れてきたことは、価値ある歴史と言えそうだ。

なかでも、詩人・夢野文代は清潔な作風と人柄で同人に慕われた。掲出は「幸せの日」と題された夢野の原稿。

キウリとナスとトマトを家のまわりにいっぱい植ゑました/庭にはアマリリスの花とクリーム色のバラの花が朝露にぬれて――

少女の詩と見まがう愛らしさ。実は夢野、四十代半ばの筆である。

一九〇一(明治三十四)年、福岡県に生まれた夢野は両親を喪い、母親の郷里である鹿児島で育つ。長じて、八幡製鉄所に勤める高武(こうたけ)隆吉と結婚。夫は陶村の筆名で詩誌「北九州詩人」を主宰する文学青年だった。夢野はこの雑誌で、詩に熱中したと語っている。

しかし、間もなく夫が病没。夢野は、自らも胸を患いながら働き、家庭を支えた。一方、詩への思いも絶えず、同人誌「倭冦船(わこうせん)」に参加。「第二期九州文学」では、創刊同人となっている。

四三(昭和十八)年に、著書「蝶のすむ城」を刊行。時節柄「北九州詩人協会国民詩叢書」と銘打つが、中身は静けさをたたえた詩集だ。表題作は、むらがる蝶に今は亡き縁者を幻視した作品。

他にも、「九州詩集」へ収録された作品に、花粉症という今日的素材を先取りした「花粉熱」や、受粉を「やさしい性の事実」と呼んだ「白梅の花」など、匂やかな詩がある。

著書刊行の前年から福岡県津屋崎にて療養生活に入ったという。そのまま終戦を迎え、同地で晩年を過ごした。愛息・眞田宏の小説集「凩(こがらし)物語」が出版されるのを見届け、逝去。享年、五十六。

「幸せの日」は、その津屋崎の地へ友が訪れたなら「私は口笛を吹きながら台所いっぱいでんぐりがへしていろいろの御馳走を作るのだが」と結ばれている。

※2008.03.29「西日本新聞」北九州・京築版に掲載

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