学芸員だより

2014年03月20日 カテゴリー:

色紙「菊枕」

陰暦九月九日は重陽(ちょうよう)の節句。新暦では毎年、十月二十日前後にあたるそうだ。古来、重陽には菊が愛(め)でられてきた。菊花を浮かべた杯を酌みかわし、長寿を祝う。菊の露を飲んで不老不死を得た中国・周代の仙童、菊慈童(きくじどう)の故事にちなむのだろうか。

一九三二(昭和七)年、杉田久女は、俳誌「花衣」創刊号に連作「菊枕」を発表する。菊枕とは、菊の花びらを干してつめた枕のこと。

同名のタイトルを持つ随筆「菊枕」(「九州日報」三三年十二月二十七日)には、敬愛する「恩師虚子先生の延命長寿をいのるため」「白羽二重の枕に菊花を干してつめてさしあげた」と記してある。

この文章で久女は、「桃花源記」などで知られる中国の文人、陶淵明(とうえんめい)の名を出している。言及したのは、「采菊東籬下 悠然見南山」という詩句。酒に浮かべる菊を垣根に手折(たお)りながら、悠然と山を眺める、といった意味で、穏やかな生活を示している。

陶淵明が、役人勤めを辞め、たどり着いた境地だ。後、「菊を東籬(とうり)の下(もと)にとる」という言葉は、隠者の暮らしぶりを指すようになった。

あの薄く細い花びらの一枚一枚を枕の厚みにまでするのは、大変な作業だっただろう。菊を摘んでは干す、という繰り返しに、悩み多き久女が思ったのは何であったか。文業を成しながら平安を得た陶淵明への憧憬(しょうけい)だろうか。

白妙の菊の枕をぬひあげし

連作中の一句は、特に気に入ったのか、友人の橋本豊次郎・多佳子夫妻へあて、あらためて揮毫(きごう)された。能書家であった久女の大胆な筆致が印象的。色紙の白さが白妙の菊花を思わせなくもない。

さて、秋から冬にかけて製作された菊枕は無事、師、高浜虚子のもとへ届けられた。翌年早々には返礼の手紙(当館収蔵品)が送られて来ている。虚子の返句に「初夢にまにあひにける菊枕」。

久女がその礼状をいかに大切にしたか。

二十年ほど後、松本清張が久女をモデルに書いた小説のタイトルも「菊枕」。

菊の季節も深まった。

 

※2007.10.27「西日本新聞」北九州京築版に掲載

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