学芸員だより

2014年03月20日 カテゴリー:

森鴎外書簡「森戸事件」

「今日ハ森戸辰男ノ事件ガ新聞ニ出候」。こう始まる森鴎外の一九二〇(大正九)年一月十一日付書簡は、白い巻紙に墨書。漢字片仮名交じり文には時折、アルファベットのつづりが添えられる。あて先は東京・小石川に住む賀古(かこ)鶴所(つるど)。大学時代の同級生で、終生親しくした友人だ。

「森戸事件」は、東京帝大助教授・森戸辰男が所属学部の機関誌に、ロシアの思想家を論じた「クロポトキンの社会思想の研究」を発表し、休職処分と有罪判決を受けたもの。同様に起訴された雑誌の発行人、大内兵衛は、岩波文庫「共産党宣言」の翻訳者として有名だ。

問題は、思想家クロポトキンが無政府・共産主義者と同定されたことにあった。鴎外によれば、米があったとして、第一に、働いている者は米を食べる権利がある。食べるにあたって、労働よりさらなる代価(金銭)を支払う必要はない。

第二に、しかしながら、今日代価を支払わねばならないのは、社会のあり方が間違っている。従ってそのような社会は変革されねばならない。第一が共産主義、第二が無政府主義である。

クロポトキンは、生物進化の歴史で、動物が互いに助け合う性質を持つことに注目、人間もそうあるべきだと考えた。鴎外いわく「相当ノ学者ダ」。

明治天皇暗殺計画の発覚に伴う弾圧「大逆事件」の政府対応に批判的だった鴎外は、森戸事件に際しても慨嘆の漢詩を詠じている。

この時期、鴎外の書簡には「階級」、「資本家」、「労働者」などの語が頻出する。社会では普通選挙権獲得のため数万人が東京を大行進し、八幡製鉄所の大ストライキをはじめとした労働運動が高揚。五月には初のメーデーが行われた。いわゆる大正デモクラシーである。

鴎外、晩年の日々は歴代天皇の死後の称号「諡号(しごう)」の由来を考証した「帝諡考(ていしこう)」など「超俗」のイメージが強い。しかし、何かと制限をつけて普選法案を骨抜きにしようとする向きを「兎(と)に角(かく)皆小細工だ」(二月十三日付)と一喝するなどは、なかなかの血の気だ。

晩年まで、物申す知識人、鴎外を伝える資料である。

※2007.09.22「西日本新聞」北九州・京築版に掲載

森鴎外書簡「森戸事件」

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